個人的な調べ物でドスパラ様のパーツの犬というブログのこの記事を見てたら咲ネタで締めてて笑ってしまいました。

ささの











今回から中四国の紹介がメインになるのですが、その1回目は広島県代表・鹿老渡(かろうと)高校です。
ちゃちゃのんこと佐々野いちごさんがいた高校ですね。
鹿老渡1












由来となった地名は広島県呉市倉橋町鹿老渡。
鹿老渡は○で囲ってある倉橋島の南端にある地区で2005年に呉市に合併されるまでは安芸郡倉橋町として広島県最南端の町でした。
この倉橋町、1889年の市町村制が施行されてから2005年の合併まで116年間合併することもされることもなく続いた自治体だったそうです。
(1952年6月まで倉橋島村。それ以降は倉橋町と名称の変更はありました)
倉橋島は北側が旧音戸(おんど)町、南側が旧倉橋町で音戸町出身の有名人に島谷ひとみさんや城みちるさんがおられます。
また、倉橋島の出身ではない(と思われる)のですが、松来未祐さんも呉市の出身でその辺りも「ちゃちゃのん役は松来さんで」という声が多い一因になっているのかもしれません。

鹿老渡2












赤い○で囲ってあるのが鹿老渡です。
倉橋島とその南にある鹿島を繋ぐような場所にあり、県道35号線音戸倉橋線の終着点でその先にある鹿島大橋を渡ると鹿島に渡ることができます。

鹿老渡3














鹿老渡は山と山の間に挟まれたような場所に集落があります。
昔は小学校があったようですが平成9年に廃校になってしまいました。
この集落、碁盤の目のようにきれいに区割りされているのですがこれは江戸時代に企画・整備されてからずっとこの形を維持していたようです。
江戸時代にこの辺りを行き交う船舶との商売や潮待ちによる宿泊などを目的として作られたとされていて、天明元年(1780年)の鹿老渡の地図が旧倉橋町役場に現存されていたそうです。
現在もどこかに保存されているのかな・・・?
整備されてからかその前からかはわかりませんが、九州の大名が参勤交代の折にこの鹿老渡に立ち寄り潮待ちをしていたとか。
特に日向の大名と繋がりが深かったようで、この地で材木の取引をしていた宮林家は大名の本陣として宿泊されていたようで現在も民宿としてこの宮林家の建物が残っています。

今回参考にさせていただいたサイト様の写真を見てると、非常に景色の良い静かな港町という印象を受けました。
のびのび育ったんでしょうねぇ、ちゃちゃのん。

参考出典
のんびり屋の瀬戸内めぐり様「鹿老渡(倉橋島)」
えいちゃん笠岡を走りまくる様「鹿老渡①」
そぞろ歩き様「鹿老渡~倉橋島」
ひろしま文化大百科様「鹿老渡と本浦」宮林家住宅

今回はここまで。
次回は四国。おそらく戒能さんの大生院女子の予定です。
おそらく来週になるかな?
それでは。