今日は地震が多くて怖いですね・・・。

今回は三重県代表・宇気郷(うきさと)高校の紹介です。
由来となった地名は昭和30年まで存在した一志郡宇気郷村で現在の松阪市柚原町・後山町・与原町・飯福田町・嬉野小原町・嬉野上小川町が宇気郷村だったと言われています。
宇気郷2












松阪市は三重県の中部にある都市で合併を繰り返した結果、現在は伊勢湾に面した地域から奈良県との県境(宇陀村・東吉野村)に接した地域まで及び県内では津市に次ぐ2番目に面積が広い自治体になっています。
宇気郷村があったのはおおよそ小さく丸をしてある辺りです。
宇気郷1













宇気郷村は昭和30年に合併によって消滅したのですが、その際に東部の柚原・後山・与原・飯福田地区は松阪市に、西部の小原・上小川地区は当時の周辺地域だった村々と合併し嬉野町に編入されました。
この嬉野町も2005年に松阪市と合併したため、一度2つに分かれた宇気郷村は現在はまた1つになっています。

この地域には嬉野小原町に宇気郷小学校があったのですが、1991年に休校・2004年に廃校になってしまいました。
この小学校は現在公民館として利用されているそうで、宇気郷地域の自動はスクールバスで松阪市立豊地小学校に通っているようです。
参考出典:松阪市立豊地小学校

最近では今年公開された映画「きいろいゾウ」のロケ地にもなった宇気郷ですが、この地域に飯福田(いぶた)寺という寺院があります。
この飯福田寺、701年に役小角が開基した霊場で金剛峯寺や吉水神社も名を連ねている役行者霊蹟札所会にも紹介されている霊場です。
役小角といえば、阿知賀女子の大将にして阿知賀編の主人公である穏乃と関連があるのでは?とまとめアンテナ様で紹介されている他のブログ様でも多くのすばらな記事にて紹介されている方です。
ちなみにこの701年というのは699年に流罪で伊豆島に流されていた役小角に大赦があった年であり、また大阪の箕面にある天上ヶ岳で入淑(死去)した年であるとされています。
参考出典:役小角
おそらくこの飯福田寺は役小角が伊豆島から生まれ故郷の葛城に帰る際に開かれた霊場なんだと思います。


こうして見てみると近畿+三重の出場校は吉野・熊野に大なり小なり接点があるものがいくつかあるなぁ・・・と。
今回の宇気郷の他にも京都の八桝には北大峯と呼ばれた峰定寺が、和歌山の和深には熊野の丸石信仰が伝わる徳大明神社があります。
他には私的素敵ジャンク様のこのすばらな考察記事にて紹介されている怜の名字の元になっている滋賀の園城寺も少し吉野と接点があって、この寺を開基した大友与多王の父親・大友皇子(弘文天皇)が大海人皇子(後の天武天皇)と敵対して壬申の乱が起こるのですが、その直前(天智天皇が崩御される直前)に大友皇子を推挙して大海人皇子が出家を申し出て下ったとされる場所が吉野であると言われています。
かなり薄い接点ですが・・・。

今回はここまで。
地名紹介は次回から中四国をメインに他所も少しつまみ食いしつつ進行していく予定ですが、次回は小ネタの記事になります。
おそらく今週中に更新できるかなぁ。
それでは、地震の被害が無いことを祈りつつ。