キーボードを買い換えました。
6000円ほどのものですが前のよりかは打ちやすいような気がします。

今回は1回戦ブロック4Bの2校目、山形県代表の天童大付属高校です。
天童1














咲の高校の由来になっている地名はマイナーな地名が多いのですが、山形は珍しく市の名前がそのままついています。(山形含め全部で4校あります)
由来となった地名は山形県天童市。
山形県のほぼ中央部にある人口6万人程の市です。
天童市の特産品の1つである将棋の駒は国産品の95%が天童市で作られたものだそうです。
ちなみに天童市と交流都市として提携している都市の中に茨城県土浦市があります。
天童4






内容としてはこんな感じの協定なのですが、土浦といえば小鍛治健夜プロの母校で10年前のインハイ優勝校、土浦女子高校がある所ですね。


ところでこの天童大付属、名前のとおり大学の附属校なのですが天童市には四年制の大学がありません。
羽陽学園短期大学という短大が1つあるだけです。
そこで昔の学校とかで何かないかな・・・と史跡とかを探してみるとそんな感じのが1つ。
格知学舎というのが天童市上貫津という山の麓の方にありました。
この格知学舎は儒学者で浄土真宗の僧侶でもあった本沢竹雲という方が明治2年(建物は翌年完成)に開いた私塾です。
西洋文化を徹底的に排除し髷を結うことが入門(入学)の条件になっていたことなどから「チョンマゲ学校」と呼ばれていたそうです。
天童3














このAのマークの場所にあります。
この格知学舎は現在はモミジの名所として観光スポットになっています。
このモミジは明治2年の開塾時に京都嵐山のタカオモミジを移植したもので、山形新幹線山形駅の発車メロディになっている民謡「花笠音頭」にある「花の山形モミジの天童」のモミジはこの格知学舎のモミジだという説があるそうです。


地図を航空写真に変えてもう少し拡大してみましょう。
天童5


















格知学舎から奈良沢不動尊側へ歩いていくと雨呼山(あめよばりやま:標高905m)の登山道がいくつかあります。
この雨呼山は日照りが続くとこの山へ出向き山頂直下にある龍神の池に住む龍神様を怒らせて雨乞いをするという風習が昔あったそうで、その風習からこのような山の名前になったそうです。

この雨呼山の中腹に「ジャガラモガラ」と呼ばれる一帯があります。
ジャガラモガラは中腹にある深さ100m程のすり鉢状のくぼ地で、そこには数十センチ程の穴がたくさん空いておりそこから冷たい風が吹くそうです。
この冷風の影響でジャガラモガラの辺りは標高500m程の場所にあるにも関わらず蔵王連峰(標高1800m)よりも平均気温が低く、まわりの山にはないレンゲツツジやベニバナイチヤクソウなどの高山植物が生え育っています。
で、この一帯になぜ「ジャガラモガラ」という名前がついたのか・・・というのは諸説あるそうですが、今のところ一番有力な説が雨乞いの際に出てきた龍神のサンスクリット語の名前である「シャガラ(しゃから・娑伽羅・娑羯羅)龍王」から付けられたという説だそうです。
参考出典:ジャガラモガラのひみつ・他複数サイト様)
おそらく、雨乞いをするために向かった山頂直下の池というのもこのジャガラモガラじゃないかなぁ・・・と思っています。

このシャガラは八部衆と呼ばれる仏教を守護する8神の中の竜族の八王(八大竜王)のうちの1つで「古都奈良の文化財」の一部として世界遺産に登録されている奈良の興福寺にも「乾漆八部衆立像(かんしつはちぶしゅうりゅうぞう)」の一体として沙羯羅像が国宝館に保管・展示されています。
ちなみにシャガラを含む八大竜王を雨乞いの神様として祀っている社寺がいくつかあって、その中の一つに吉野郡天川村にある龍泉寺があります。
りゅうせんじ














阿知賀女子のある吉野駅周辺との位置関係はこんな感じ。
この龍泉寺へ行くには下市口駅から奈良交通バス洞川(どろかわ)温泉行きに乗って終点まで1時間半揺られたあとそこから徒歩5分ほどだそうです。
龍泉寺には水行場があって洞川から登る修験者は宗派を問わず龍泉寺に詣で、水行の後、八大龍王尊に道中安全を祈ってから山上ヶ岳に向かうしきたりとなっているそうです。
(参考:天川村役場・観光データベース

最後は天童から吉野に行ってしまいましたが今回はここまで。
記事を書いてるあいだに3月になってしまいました。
次回は4Bの3校目ということで北神奈川代表・東白楽高校の予定です。
それでは。