何の変哲もない咲の地名紹介

動画を作ったもののブログ版です。さらにわかりづらくなるかも。最近は地名紹介以外の小ネタも多くなってます。文章がgdgdなのは仕様です。当面は不定期更新です。

June 2013

ファンブックの設定資料について+今後のお知らせ

植田さん、大井競馬場に現れる。

久しぶりの更新です。
7月10日(水)に植田さんが大井競馬場に来られるそうです。
この日はジャパンダートダービーという中央と地方の3歳馬の交流重賞が行われる日で予想のトークショーやこのレースの表彰式のプレゼンターもされるそうです。
コラボは「ガンスリンガーストラトス」なのですが、おそらく呼ばれたのは

このCMに植田さんが出ているからというのが大きいと思います。
ちなみに植田さんの紹介文には・・・
TCK


と書かれていました。
さきさん








これには咲さんも大喜び。
大井競馬は現在ナイターでの開催ですので学生の方もお勤めの方も行きやすいと思いますし、お休みの方ならナイター開催限定で錦糸町から大井競馬場直行のはとバスが出ているので午前中にガイトさんの登場シーンなど江東区の聖地巡礼をしてから錦糸町へ移動→はとバスで大井に行くというのもありだと思います。

で、今回は
FJ310168


























このタネも仕掛けもない阿知賀編のファンブック。
見てて飽きの来ない、でも持ち運ぶには少し大きいこのファンブックに美術設定資料が掲載されているページが何ページかありますね。
この資料の吉野全景というところの片隅の方に・・・

FJ310167


























阿知賀女子学院と新子家・高鴨家・松実家・吉野に住んでいた頃の原村家の位置関係が書かれています。
これを実際の地図と照らし合わせた時に「おや?」と思うことがあったので、それをちょっと書こうかと思います。

新子家は営んでいる神社のモデルとなっている吉水神社の奥にあるということになっているので割愛して、それ以外の位置関係を地図に合わせてみるとこんな感じ。
吉野5

















うん、わかりずらい。
わかりずらいので、ストリートビューをお借りして少し見てみようと思います。
ただ、わかりづらいながらも「おや?」と思うところがあると思います。

まずは阿知賀女子学院。
吉野4











阿知賀女子は、阿知賀編のシンボルとも言える金峯山寺を右側へ曲がって道なりに行くとある・・・とされているのですが、この先は道がありません。
 地図を見る限りではこの先にあるのは金峯山寺の敷地と木々。

お次は高鴨家。
吉野1











高鴨家はロープウェイの吉野山駅(山上駅)のすぐそばにあるとされています。
このおみやげ屋さんの奥辺りにあるという風になっているのでしょう。
ちなみにこのおみやげ屋さん、見覚えのある方もおられると思います。
2話で高校時代のレジェンドがインターハイから吉野に戻ってきた時に幼灼が隠れていた看板があるお店です。

さて、問題は松実家と原村家。
吉野2












設定資料に載っていた位置関係を元にすると、松実家はここ。
辰巳屋という旅館があります。

・・・あれ?

確か、松実家のモデルの旅館ってさこやだったはず。

で、そのさこやさんはどこにあるかというと・・・
吉野3











なぜか原村家の場所がさこやさんのある場所になっています。
これ、設定資料の位置関係が誤植なんでしょうか?
流石に本筋の方が間違いでしたー、なんてことはないと思いますし・・・。

この辺はちょっと気になります。
今回なんでこれを調べたかというと、おそらく8月終わり~9月頭にかけて夏休みがもらえると思うので(毎年盆過ぎてからじゃないとお休みもらえないので・・・)その時に地元へ帰省したその足で吉野へ行こうかと考えています。
自分の聖地巡礼は一致するカットを探すのが目的じゃなくて、その地に溶け込んで浸ることが目的なのであんまり写真は撮らないと思いますが夏休みのうちの1日は吉野へ溶け込んでこようかなと考えています。
時間があれば千里山や姫松にも溶け込んでみたいですね。
劔谷は・・・あそこは世界が違うのでなんとも・・・。

それから今後の更新ですが、おそらく今回くらいの間隔がデフォルトになると思います。
体調の都合で早めの更新でも1週間に1回ペースで、最初の頃のような1週間2回ペースは厳しいです。
まぁ、自分がやってることは動画の延長でそこからさらにググルさんとウィキさんをフル活用して書いてるだけなんですけどね(´・ω・)
一応代表校の場所は
FJ310221


























動画を作った際にこうやって殴り書きにしたメモを残しているので、これをさらに広げていく感じで書いてます。
それにしても字が汚い・・・

これからも、咲アンテナ界隈の中で「メインストリートから1歩入った路地裏でひっそり営業してるよくわからない物を売ってるお店」のような感覚で更新していこうと思いますので、気が向いたら覗いてください(ぺっこりん)
それでは。

岡山県代表・讃甘高校と新免さん

16話、楽しく見ました。
いやぁ、楽しかった。
全国編楽しみだなぁ・・・。

今回は岡山県代表の讃甘(さのも)高校の紹介と先鋒の新免さんの適当な推測を書こうかなと思います、
さのも1











由来となったのは岡山県美作(みまさか)市宮本にある讃甘神社
この讃甘神社は宮本武蔵が幼い頃にの時にこの神社の太鼓を打つ二本のバチの音が左右均等であることに感嘆として、それが後に武蔵の型となる二天一流に繋がる・・・と言われています。
さのも2












讃甘神社の周囲には武蔵資料館や宮本武蔵生家跡などがあり「武蔵の里」としての町づくりが行われているようです。
まず最寄駅が宮本武蔵駅(智頭急行)ですし・・・。
ただ、宮本武蔵の出生地は美作説と播磨説とがあって、宮本武蔵が書いた五輪書には播磨と書かれてるそうです。
美作説が出たのは江戸後期に出た東作誌という地誌が元で、吉川英治さんの小説「宮本武蔵」でこの美作生まれの説を採り入れ広まったとも言われています。
(参考出典:wikipedia・宮本武蔵
新免さん









新免さんの苗字や二刀流のこの出で立ちは宮本武蔵をイメージしたものである・・・というのはおそらく広く知られていると思います。
ちなみに新免さんの名前「那岐」も地名から取られたものでして、美作市に隣接する奈義町と鳥取県八頭郡智頭町の境界にある那岐山から取られたと言われています。
(参考出典:咲-Saki-ほんだし様「サキビアの泉」
さのも3













奈義町と那岐山の位置はこんな感じです。
この奈義町出身の有名な方に東映・ヤクルトで活躍し史上初めて両リーグ1000本安打を達成した大杉勝男さんやNARUTOの作者である岸本斉史さんがおられます。
那岐山の麓には自衛隊の日本原駐屯地・演習場があります。

実はこの奈義町の辺りは「日本三大局地風(と言うものがあるそうです)」の1つである広戸風という北よりの局地風が吹くそうです。
(残り2つは愛媛県新居浜市・四国中央市で吹く「やまじ風」と山形県東田川郡庄内町で吹く「清川だし」)
広戸風の詳しい原理は岡山地方気象台や奈義町に隣接する津山市の広戸風のページを見ていただきたいのですが、ふと思ったのは阿知賀編での1回戦で新免さんが出てきた場決めのシーン。
場決め











このあと新免さんのカットインが出てくるのでこの北を捲ったのは新免さんだと思われます。

北よりに吹く広戸風とこの場決めの北。

これがもし掛けられているものだとすれば・・・新免さんは風牌を駆使するスタイルなのかなぁ、という推測が浮かんだのですがどうなんでしょう?
麻雀は若葉マークレベルの自分は打ち方の考察ができないのでこの先は思い浮かびません(´・ω・)

今回はここまで。
今月は来週辺りに1つ更新して6月末~7月頭にかけて少しお休みをいただくことになると思います。
ちょっとこの辺りは忙しくなるので・・・。
記事の内容はまだ決めていませんが、中国四国が共に2校ずつ残っているのでおそらく中四国から離れた記事になると思います。
それでは。

長野・平滝高校と南浦さん家について

辻垣内さんは新免さんと巌流島で決闘をすればいいと思う。

今回は前回の記事を書く際に調べていて気になった南浦さんと南浦さんが通う平滝高校について書こうと思います。
まずは平滝高校。平滝1












由来となったと思われるのは長野県下水内(しもみのち)郡栄村豊栄にあるJR飯山線平滝駅。
栄村は長野県の北部にある村で東日本大震災の翌日未明に起きた地震で震度6強の揺れにより最も大きな被害が出てしまった村です。
平滝2












平滝駅は栄村役場の最寄駅で長野県最北端の駅である森宮野原駅から2駅飯山・長野方面寄りにある駅です。
栄村は日本でも有数の豪雪地で1945年2月12日には観測史上最高の7m85cmの積雪を観測したそうで、観測地点だった森宮野原駅の構内にはその標柱が建てられています。




雪がある時と無いときの平滝駅付近の車窓の動画を貼ってみましたが、冬は本当に雪に覆われた感じになります。

なんぽさん











ここからは南浦さん・・・というか南浦家についていくつか書いていこうかと思います。
南浦さんは祖父である南浦プロに引き取られて2人で暮らしています。
おそらく現在は2人で平滝がある栄村かお隣の野沢温泉村の辺りで暮らしているものと思われますが、前回の記事を作っている時に偶然南浦さんの名字を見かけて「ひょっとして南浦さんて長野の生まれではないのでは・・・?」ということを思ってしまったので3つほど南浦さんのルーツっぽいものをダラダラと書いてみようと思います。

①南浦家、宮崎or鹿児島県民説
これは前回の記事で八雲様からいただいたコメントを参考にさせていただきました。
ありがとうございました。
安土桃山時代~江戸時代の初めの方にかけて実在した南浦文之(なんぽぶんし)さんという僧侶が元になっているのでは?という説です。
この方の元々の名字(俗姓)は湯浅だったそうで、この南浦という名字は出生地である日向国飫肥(おび)の南郷外浦から取って「南浦」としたようです。
南浦5











南郷外浦は現在の宮崎県日南南郷町の外之浦港の辺り(赤で〇を書いた所周辺)だと思われます。
江戸時代には島津家に仕え、島津家久(忠恒)か創建した大竜寺の開山をしたり明や琉球の外交文書を司っていたりしていたようです。
南浦文之さんのお墓は永水女子がある霧島市のお隣、鹿児島県姶良市加治木町にある安国寺の墓地にあり国の史跡に指定されています。

②と③については「みなみうら」読みになります

②南浦家、奈良県民説
これは前回の記事を調べている時に偶然見かけたのですが、南浦という名字は奈良県で多く見られる名字だそうです。
名字由来net様で「南浦」と検索して都道府県ランキングを見てみると
南浦6




奈良県だけこのように出てきます。
ちなみに解説にも
南浦7



このように奈良がルーツになっているという解説が出てきます。
この大和国十市郡南浦村は現在の奈良県橿原市南浦町だと思われます。
南浦2












橿原市は奈良県中部にある奈良第二の都市で日本最初の都城(とじょう)と言われる藤原京があった場所と言われています。
南浦3











南浦町は橿原市の南東の位置にあり大和三山の1つ、天香久山があります。
奈良で多く見られる名字は咲-Saki-ほんだし様の「咲-Saki-キャラの名前もろもろ1:地域性編」の記事に書かれている通り(今気づきましたが、大人組の名字記事はもろ被りでしたね・・・申し訳ありません)阿知賀or晩成の生徒の名字として登場するのですが、唯一の例外がこの南浦さんです。
ちなみに初瀬ちゃんの「岡橋」も奈良で多く見られる名字で、憧ちゃんの「新子」と同じ橿原市で特に見られる名字だそうです。
前の記事でリンクを貼った都道府県の特徴的苗字一覧様が今なぜか閲覧できない状態なのでアレですが・・・。

③南浦家、やっぱり長野県民説
②で南浦という名字は奈良がルーツで現在も奈良で多く見られると書きました。
では、長野に南浦という地名は無いのか調べてみると・・・ありました。
場所は長野県長野市鬼無里(きなさ)にある南浦という集落。
南浦4












鬼無里及び鬼無里日影地区は2005年に隣接していた戸隠村などと共に長野市に編入合併されるまで鬼無里村という村でした。
この辺りも積雪量が多く平滝がある栄村と共に特別豪雪地帯に指定されています。
この鬼無里には数多くの伝承があり、遷都伝説や紅葉伝説・木曽義仲の伝承などが代表的なものとして伝えられ、歌や漫画・小説など複数の創作物の舞台にもなっているようです。
南浦1














南浦の集落は神地沢という川(?)に沿って鬼無里から小川村へ抜ける小さな道の途中にある集落で、そこには南浦のイチイという市の天然記念物にもなっている大きなイチイの木があります。


以上3つ、まとまり無く書いてみましたがいかがだったでしょうか?
どれかが正解かもしれないですし、全部見当違いかもしれません。
それは・・・南浦プロのカードが出たときにわかるんでしょうねぇ。

次回は中四国の代表校の紹介に戻って、冒頭に出てきた新免さんの讃甘高校の紹介をやろうかなと考えています。
それでは、明日は24時半から阿知賀編最終話をまったり見たいと思います。

大人組の名字を調べてみた②

昨日は23時前に帰ってきて「さぁて、阿知賀編一気見を見るぞ~」としたらニコニコに繋がらなくてやっと繋がったと思ったら混雑中とか出てきてふて寝しましたorz
今週末の16話配信はそんなことにならないでほしいが果たして・・・。

今回は大人組の名字を調べてみた①の続きのようなものです。
解説等は今回も名字由来net様にて調べさせていただきました。
それと補足的なものとして都道府県の特徴的苗字一覧様も参考にさせていただきました。
なお、比較的ポピュラーな名字の久保コーチ・藤田プロ・大沼プロは省略させていただきました。
ごめんなさい。

・善野監督
13228位 およそ500人

名字由来net様には解説等もなかったのですが都道府県の特徴的名字一覧様によると大阪府岸和田市で多く見られる名字だそうです。
ちなみに善野という地名はありませんでしたが栃木市にとちぎ蔵の街美術館という美術館があります。
この建物は「おたすけ蔵」と呼ばれた蔵を改装したものですがこの蔵を江戸時代に建てて所有していたのが先祖が近江商人だった善野家だそうで、中でも善野喜兵衛は喜多川歌麿と交流があったとも言われています。
(参考出典:プチたび様「「喜多川歌麿の肉筆画3点は世界一!」、栃木の歌麿に注目だ」


・赤阪郁乃
6210位 およそ1600人(大阪におよそ1000人)
【解説】
現大阪府東部である河内国石川郡赤阪村が起源(ルーツ)である。近年、大阪府に多数みられる。

この河内国石川郡赤阪村というのは現在の大阪府南河内郡千早赤阪村の旧赤阪村にあたる場所だと思われます。
赤阪












この青線の部分が旧赤阪村の辺りです。
ここには楠木正成が築城した楠木七城の1つで楠木本城とも呼ばれている上赤坂城趾があります。


・熊倉トシ
940人 およそ20600人(新潟におよそ5300人)
【解説】
現群馬県である上野国甘楽郡熊倉村が起源(ルーツ)である、中臣鎌足が天智天皇より賜ったことに始まる氏(藤原氏)秀郷流、徳川家に仕える幕臣も同族。現新潟県である越後にもみられる。日本列島の東側に多くみられる。

この上野国甘楽郡熊倉村は現在の群馬県甘楽(かんら)郡南牧(なんもく)村熊倉だと思われます。
熊倉











南牧村は群馬県の西部に位置する村で長野県に隣接しています。
熊倉地区はその長野県と余地峠を挟んで隣接する位置にあります。
ここは県道108号線で群馬・長野を行き来出来・・・るようになっていたのですが現在は余地峠の前後で通行止めになっています。
ちなみに長野県にも南牧村という村があるのですが(群馬南牧村から比較的近い場所にあります)長野県の南牧村は「みなみまきむら」と読みます。

・赤土晴絵
8049位 およそ1100人(奈良におよそ300人)
【解説】
赤土の地名は多い。赤粘土などが土壌にある場所が語源。奈良県、大阪府、兵庫県に多い。

ざっくりとした解説でした・・・。
赤土という地名は群馬県館林市や秋田県湯沢市にありますが、小鍛治プロの地元茨城県にもありました。
赤土












場所は茨城県常陸太田市赤土町。
残念ながら「あかど」ではなく「あかつち」と読むそうです。
この辺りは2004年まで久慈郡金砂郷(かなさごう)町だった地域です。
赤土2
























赤土町と小鍛治プロの実家がある石岡市高浜の位置関係はこんな感じ。
少し距離がありますね。
赤土町は常陸秋そばという茨城県の特産品の蕎麦の発祥の地として知られている場所だそうです。
(参考出典:常陸太田市HP/観光いばらき様「常陸秋そば漫遊記」

今回はここまでということで。
次回は名字調べでちょっと気になった南浦さんと平滝高校の紹介をしようかなぁと考えています。
16話配信の前か後かは体調しだいということで。
それでは。
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