何の変哲もない咲の地名紹介

動画を作ったもののブログ版です。さらにわかりづらくなるかも。最近は地名紹介以外の小ネタも多くなってます。文章がgdgdなのは仕様です。当面は不定期更新です。

February 2013

西東京代表・白糸台高校とチーム「虎姫」

まだまだ寒い日が続きますね・・・。

今回は西東京代表の白糸台高校です。
ご存知の方も多いと思いますがいきましょう。
白糸台1















由来となった地名は東京都府中市白糸台。
東京都のほぼ真ん中にあっては武蔵国の国府が置かれたり甲州街道の府中宿という宿場町になったりと古くから栄えていた場所です。

白糸台2














白糸台はおおよそこの辺りです。
調布市と隣接する場所にあります。
京王で新宿から府中へ向かうと白糸台が府中市の入口になります(駅は武蔵野台駅ですが)

白糸台の史跡でまず出てくるのが「白糸台掩体壕(えんたいごう)」といわれるもの。
これは調布飛行場(戦時中は陸軍の飛行場でした)に配備されていた戦闘機を空襲から守るために飛行場の周辺に作られたのが戦闘機を隠す掩体壕でした。

そのうちの1つが近頃整備されて公開されたそうです。

こちらより気になるのが上染屋不動堂(染谷不動尊)。
西武多摩川線の白糸台駅から府中方向へ少し歩いたところに「不動尊前」という交差点があってそのすぐ近くにこのお堂があるのですが、こちらに国の重要文化財に指定されている銅造の善光寺式阿弥陀如来立像が祀られていて年に2回御開帳されるようです。
参考:ミッキーの京王線沿線ぶらぶら日記様「国宝が眠る小さなお堂: 『染屋不動尊』」
参考:宿坊研究会様「第97回 「東京秘仏」散策会」
この阿弥陀如来像、元弘の乱における鎌倉攻めの際に新田義貞がこの像を守護神にして戦ったという逸話がありましてここから宮永照のもう一つの能力「(通称)ギギギ」と何かしら何かないかなぁと思ってぼんやり考えています。
「ギギギ」に関しては何かぼんやり思い浮かんだら小ネタで記事にしようかなぁと思います。

それから「チーム虎姫」
ちーむとらひめ












この「虎姫」というのも(意図して地名からとったのかどうかはともかく)実は地名だったのです。
これを知ったのは白糸台の地名の由来を探している時に偶然見つけた白糸台高校麻雀部後援会 兼 宮永照ファンクラブブログ様のトラヒメ…?という記事を見たのがきっかけでした。
その記事に「滋賀県に虎姫高校が実在する」という一文が・・・。

滋賀県立虎姫高等学校

ありました。虎姫高校。
で、なんでこんな名前の高校なのかというと2009年まで東浅井郡虎姫町という町が実在していたからなのです。
2010年の元旦に虎姫町を含む東浅井郡の4町がすべて長浜市に編入したため現在は虎姫町という名前はありません。
虎姫町















地図上でAのマークが付いているのはJR北陸本線虎姫駅です。
ここには駅名に虎がつくということから阪神タイガースのファンが切符を買いに訪れたりされるそうで、優勝した1985年や2003年はかなり多くのファンがこの駅に来たそうです(85年は虎姫駅発着の阪神ファン向け団体列車が運行されたほど)
ちなみにこの虎姫町には「五」や「酢」といった地名がありました。
参考:郵便局・郵便番号検索「東浅井郡虎姫町」
「五」は合併後「桜町」に地名が変わってしまいましたが「酢」はそのまま残っています。
旧虎姫町一帯の北側に虎御前山と呼ばれる山があります。
この山は古くは長尾山と呼ばれていて戦国時代には織田信長が小谷城の浅井長政を攻める際に最前線としてここに築城したことがあるそうです。
この虎御前山、ひいては虎姫町の由来となっている話が滋賀県観光情報局様の虎御前山の紹介にあったので一部引用させていただきたいと思います。

 昔、井筒(いつづ)という泉のほとりに住んでいた娘が、旅の途中に知り合った、世々聞(せせらぎ)という名の若者と愛し合うようになり結婚しました。ところが、顔は人間だが体は蛇という子を一度に15人も産んでしまい、嘆き悲しんだ末に、淵に身を投げて死んでしまったといいます。娘の名を虎姫(とらひめ)といい、この山が虎御前山あるいは虎姫山と呼ばれるようになった由来と伝えられています。

府中市白糸台と旧東浅井郡虎姫町のつながりは今のところ見えてこないのですが、今後何かしら見つけてくれる方が現れるかも?と思ったので一緒に紹介させていただきました。

余談ですが、阿知賀編を制作されているStudio五組が他に制作したアニメに「Aチャンネル」というアニメがありますがこのアニメ「Aチャンネル」の舞台になったのも府中市だったそうです。
・・・それにしてもこのAチャンネルのキャスト、ほとんど咲に出てるんですよねぇ。
メイン所9人中7人が咲にも出ているという。
(るん=衣・トオル=穏乃・ナギ=灼・ユタカ=文堂・ミホ=モモ・鬼頭先生=龍華・佐藤先生=ハギヨシ)
メイン所以外でも宥さんが出てたみたいです。
他にも「ちはやふる」の小学生編も府中市が舞台だったとか。

最後は脱線しましたが今回はここまで。
次回からは一回戦唯一結果不明の4Bのうち既に紹介した越野尾以外の3校を紹介していこうと思います。
北から行こうかなと考えているので次回はおそらく山形県代表の天童大附属高校になると思います。
では皆様、体調を崩さないよう気をつけて行きましょう。
そんなこと言ってる自分はここ2・3日偏頭痛で苦しんでます(´・ω・`)
それでは。

船Qの部屋のパソコンとかについてもう一度考えてみる

誰かOGRE YOU ASSHOLEというバンドの曲で原村さんのMAD作らないかなぁ・・・。
(ボーカルが原村出身。インタビュー記事とかの裏付け取れなかったけどwikipediaによるとドラムも原村出身らしい。)
自分にはMAD作るセンスはないので無理ですね・・・。

前回の記事で諸事情で1週間程お休みしますと書いてから調べ物自体お休みしていたので白糸台の調べ物を全くやってません・・・。
というわけで今回は14話で自分が気になったところを。

以前船Qのパソコンは自作パソコン?という記事を書いたのですが14話でそのシーンが出てきましたね。
そのシーンの比較なのですが・・・
ふなきゅーPC


































こちらがガンガンでの船Qルーム。
一方アニメでは・・・
ふなQPC













こんな感じ。
PCの形が違ったりモニターの枠が黒と白で違ったりモニターが7枚あったり。
けっこう変わりましたよね・・・。
以前の記事で
ケースの見た目ではむしろ
MacProやPowerMacG5っぽい感じですね。
というコメントをいただきググって見たところ
マックプロ1












ドライブの部分が2箇所とかUSBの位置とか下の部分とか一致していたので、船Qが使っているPCはおそらくMacProだと思います。
アニメでもドライブが2つあるのが確認できるので形が違いますがMacProだと思います。
このMacPro、モデルが06・08・09・10・12と5つモデルがありますが中身の性能は違えどケースは同じです。
(参考・中古Mac専門店Macパラダイス様
アニメで「一意専心」と書かれた壁紙の船Qのタブレットが写っていましたが、これもiPadですし船QはAppleで統一しているのでしょう。
船Qタブ























あいぱっど
























全く関係ない話ですが、能力や得失点が何かと注目される咲ですが船Qのこのタブレットを見ると理屈抜きにこういう部活特有の熱さとか一途さって良いな・・・と思ってしまいます。

一方のモニター。
アニメ版(白)ならApple純正のCinema HD Display 30 という30インチのモニターが形的にも似てるかな?と思うのですが、これがものすごくお高い代物で・・・
30インチもに


















中古の難アリのモノでも7・8万かかってしまいます。
ちなみに発売当初のお値段は
30

















・・・これ1枚でパソコン何台買えるかな。

さすがにあんまりにも高すぎるのでApple純正以外のモニターを探してみました。
モニターの配置的にもおそらく視野角の広いIPSパネルのモニターじゃないと見づらいだろうなと思ってApple純正以外でIPSパネルを使ったベゼル(枠)が白系のものを探したのですが、今もショップで販売してるのがEIZO(ナナオ)のFlexScan EV2336W-FSのセーレングレイモデルくらいなんですよね・・・。
これも3万を超えるモニターなのですが、安く見えますね。
ベゼルが黒だと色々種類があるんでしょうけどねぇ・・・。
スピーカーみたいなものに至っては全くわかりませんでした・・・。
ちなみにモニターが7枚ありますがこれ・・・
マックプロ2








12年モデルのカスタマイズなのですが、グラフィックカード2枚挿しにカスタマイズしても6画面が最大なんです。
もしかすると7枚のうち1枚は何か別のパソコン(Macminiとか)を繋げてるのかもしれませんね。

色々書きましたが、結論を言うと

「船久保家ってお金持ちなんだなぁ・・・」

これも以前の記事で
「実は船久保家はセレブで、船Qはお嬢様ではないかと思います。」
というコメントを頂いていたのですが、こうやって改めて見てみると(自分は)納得してしまいますね。
安く見積もっても軽く5・60万くらい行くでしょうし、それだけの大金を高校生が自腹で買える訳はないでしょうし。
もしかしたら叔母さんの愛宕監督にいくらか出してもらっているのかもしれませんが、それでも部活のためにとこれだけの設備をポーンと出せるのはやはりそれなりの収入がないと・・・。

咲-Saki-まとめアンテナ様にも掲載されているフリテンリーチで流して様の姫松巡礼の記事において姫松お金持ち説(特に末原さん)という感じの締めをされていましたが、もしかすると姫松も案外そうなのかもしれませんね。
(自分は姫松は公立の高校だと思っていましたが・・・)


今回はここまで。
次回こそは白糸台の説明とか・・・になると思います。
それでは。

2つほどご報告を

こんばんわ。
「何の変哲もない咲の地名紹介」をご覧下さり、誠にありがとうございます。
今回は地名紹介でも小ネタでもなく2つほど報告したいことがございまして、ただそれだけの記事になります。
ご了承の程、よろしくお願い致します。

1つは嬉しいご報告ということで、当ブログの総訪問者数が1万人を超えました。
詳しい考察があるわけでもなく、おもしろいネタがあるわけでもなく、拙い文章で淡々と地名の紹介をしたりあんまり関係ないようなぼんやりとした小ネタでお茶を濁したりしているブログですが、今後共咲-Saki-まとめアンテナ様に掲載されている他のブログ様のついでにご覧になっていただければ幸いでございます。

もう1つは個人的な報告で申し訳ないのですが、ブログの更新を1週間程(おそらく5日~6日)お休みさせていただこうと思います。
実は先日祖母が他界しました。

去年この動画を作っている最中に倒れたとの連絡があって、それから4ヶ月ですか。
前回の多治比さんの記事を作っている途中で亡くなったという連絡が入りました。
10年ほど前に千葉に来るまでは大阪の片田舎の方で祖父母の近くで暮らしていたので本当に世話かけっぱなしでしたね・・・。
で、実は阿知賀の記事のときに書こうか迷って結局はやめたのですが、祖母の故郷が吉野なんです。
とは言って阿知賀の舞台になった吉野山付近ではなくもっと山奥の方ですし小さい頃に一度行ったきりなので詳しい場所は覚えてないのですが、「私が小さい頃は吉野にいたんだよ」という話は何回か聞いてました。
今回は祖母の希望で大掛かりなことをせずにすぐ荼毘に付したので休みが取れずに帰ることができなかったのですが、夏(というよりお盆過ぎ)に休みが取れて時間が出来た時には眠っているお墓があるお寺で手を合わせてきたあとに、吉野へ行って少し阿知賀の聖地巡りをしつつ金峯山寺で手を合わせてきたいと思います。
ニコ生での14話配信は沈んだ気分を少しでも上げるために見ようとは思います・・・。

で、今後の(一応の)予定ですが再開後最初の更新は多治比さんの流れで白糸台をやろうと思います。
その後なんですが、麻雀雑記あれこれ様の【考察】咲-Saki- 全国大会1回戦最大の激戦区はどこか?という面白い記事がありまして、その際に自分もコメントさせていただいたのですが全国大会の勝ち上がりの表を作ってらっしゃるサイト様があるのですが唯一1回戦の勝ち上がりが判明していない組み合わせがあって
となめ
越野尾・東白楽・和深・天童大付属のどこが4Bを勝ち抜けたのかがまだ判明していないので、既に紹介した越野尾以外の3校の紹介をしようかなと考えています。
そのあとで小ネタですかね。

今回はここまで。
それでは、申し訳ありませんが少しお休みをいただきたいと思います。

西東京・松庵女学院と多治比真佑子さん

立さん負傷・・・
ゆっくり休んでしっかり治して戻ってきていただきたいものです。

阿知賀19話、皆様のいろんな感想が上がっていますが自分的にはやはり新たに出てきた学校の地名に目がいってしまうもので。
多治比さん
今回は松庵女学院と多治比さんです。
まずは地名から。
松庵1

由来となったのは東京都杉並区松庵。

松庵2
この赤い部分が松庵地区です。
杉並区の西南部に位置していて武蔵野市と隣接しています。
この杉並区には全国に400社あるアニメ制作会社のうち、おおよそ70社が集中しているアニメ産業集積地の1つで、区にも「産業経済課アニメ係」が設けられているそうです。
杉並区にある制作会社はサンライズ・シャフト・A-1 Pictures・阿知賀編を制作しているStudio五組・制作協力されているNOMADなどがあります。

モデル校は高校名から松庵地区の僅か外にある立教女学院(杉並区久我山/卒業生に野際陽子さん・市毛良枝さん・松任谷由実さんなど)だと思われます。
松庵という地名は江戸時代にこの辺りの開拓を指導した荻野松庵という医師から付けられたそうです。
ここに西高井戸松庵稲荷神社という神社があります。
この神社には狐のミイラを祀った小祠があって、その由来は

昔、当稲荷神社の西側に円光寺と言う寺がありました。そばに大きな築山がありまして、 狐が穴を掘って小狐を育てていましたが、お寺が廃寺となり、明治30年頃、築山を取り去りましたので、
親狐は子狐と別れる悲しみのあまり、前足をくわえたままの姿で拝殿の床下から発見されました。
昭和9年に西高井戸・松庵両稲荷神社を合祀するに当り、本殿を造営し、さらに昭和36年末社を
建て、古来からお稲荷様のお使い姫と言い伝えられるこのお狐様をおさめてお祀りしております。

出典・西高井戸松庵稲荷神社HP
ということだそうです。

松庵に関してはここまでとして、ここからは多治比さんについて。
多治比さんという名字の方が現在どのくらいおられるのか名字由来netさんで調べてみたところ
たじひ
というかなり希少な名字だということがわかるかと思います。

で、この「多治比」という名字がどこから来たかというと多治比縣守(たじひのあがたもり)という奈良時代に武蔵国守としてこの辺り一帯を統治していた人物からとられたのでは?と考えています。
杉並区も元々は武蔵国の一部で明治・大正時代は東京市15区の中には入ってなく豊多摩郡杉並町という町で1932年の東京市の大合併により編入され杉並区になったそうです。
この多治比縣守は716年に遣唐押使(遣唐使)に任命され718年に使節団に犠牲者を出すことなく帰国するという業績をあげ翌年に新設された按察使(あぜち)の一人として武蔵国守に任命されています。
その後も720年に起きた蝦夷の反乱が起きた際に征夷将軍としてこの乱を鎮圧したりもしています。
(この件から縣守が初代の征夷大将軍ではという説もある)
Wikipedia・多治比縣守

多治比さん、このシーンのあとにものすごい表情をしていますがなかなかの強豪だそうなので今後も出てきてほしいな・・・。

今回はここまで。
次回はこの流れで白糸台やろうかな・・・とか考えていたのですが、ちょっと思うことがあって小ネタやります。
まぁ、今ちょっと個人的なことで記事の作成とか何かやってないと気が保てないので・・・。
ではこのへんで。

福岡県代表・新道寺女子高校と安河内さんと江崎さんの出身地をぼんやり考えてみる(11/20追記)

なんか今週も雪とか言ってますが・・・

今回は新道寺女子についてと、哩さんと姫子の中学時代に通っていた生立ヶ里について調べてるうちになんとなく調べ物がそちらに脱線してしまったので、よしこと羊先輩も出身地も少し考えてみました。
まずは新道寺女子の説明から。
新道寺1
由来となった地名は福岡県北九州市小倉南区新道寺。
最寄駅にJR日田彦山線石原町駅があります。
青で斜線を引いている辺りが小倉南区です。
新道寺2
拡大してみました。
この図の赤で囲っている場所が新道寺です。
ちょっと飛び地になっていますがおおよそ石原町駅周辺と平尾台の一部が新道寺になります。
新道寺3

航空写真にするとわかるのですが、山と山に挟まれたところにあります。

域内だと森鴎外揮毫の碑という作家の森鴎外さんが新道寺小学校設立に奔走した域内の名士、山家徳象さんの功績を称えて立てたとされている「山家先生之碑」というのが法円寺にある・・・というくらいですかね・・・。
新道寺小学校は130年以上の歴史を持つ小学校だそうです。
面白そうなもので言えば新道寺から少し平尾台よりにある井手浦地区でしょうか。
3枚目の航空写真の水色で囲った辺りが井手浦地区になります。
ここで毎年1月8日(近年では井手浦公民館で行われているそうです)に北九州三大奇祭の1つと言われている「尻ふり祭り」というものが行われています。

詳しい内容はリンクを貼った北九州市こみみ情報局様の記事を読んでいただいた方がよくわかると思います。
奈良にも奇祭と呼ばれるものがあって高市郡明日香村(憧と初瀬が通っていた阿太峯中学の由来になっている阿太峯神社がある高市郡高取町のお隣)にある飛鳥坐(あすかにいます)神社で行われる「おんだ祭」という奇祭があるそうです。
おんだ祭の内容を見たのですが・・・これ、憧と初瀬は見たのかなぁ・・・w

あとは井手浦川でホタルが見られるそうなのですが、これは後々ホタルにつながるものが出てくるのでそちらで。

話は変わって、今回のもう一つのお題である安河内さんと江崎さんの出身地を自分なりに考えてみたいと思います。
まずは
よしこ
次鋒の安河内美子さん。
安河内さんは、ほぼ福岡県で間違いないと思います。
名字由来netさんによる解説だと
現福岡県北部である筑前、現福岡県南部である筑後の有名氏族、近年、福岡県に多数みられる。河内氏と関連。
とありますし、実際都道府県ランキングを見ても
安河内らん
福岡県しかありません。
安河内性で有名な方で、某「いつやるか、今でしょ!」のCMの予備校の講師の安河内哲也さんと「開運!なんでも鑑定団」の鑑定士の1人、安河内眞美さんがおられますが2人とも福岡県出身です。
しかも安河内眞美さんは北九州市出身。
ここまで出ると、安河内さんが福岡以外の生まれというのは少し考えづらいような気がします。
もしかしたら家は学校から徒歩圏内という可能性すら。

つづいて
ひつじせんぱい
中堅の江崎仁美さん。
江崎さんも福岡の可能性が高いですが、他県の可能性も多少考えられると思います。
まず江崎さんのこの羊っぽい容姿なのですが、これはおそらく新道寺からほど近く住所の一部が新道寺にもなっている日本三大カルストの1つ平尾台の羊群原(ようぐんばる)をイメージしているのではないでしょうか。
それに江崎という名字も前述のサイトの都道府県ランキングで見ると
えざき
比較的ポピュラーな名字なので場所も多いですが、福岡が抜けて多いです。

ただ、どうしても気になるのがマイヒメコンビの母校生立ヶ里中学。
生立ヶ里1
由来となった地名は佐賀県小城市牛津町乙柳生立ヶ里。
小城市は2005年に小城郡だった4町(芦刈町・牛津町・小城町・三日月町)が合併してできた市です。
生立ヶ里2
青で囲んでいる辺りが生立ヶ里です。
このあたりには佐賀県の重要文化財にもなっている生立ヶ里遺跡で出土した弥生時代の木製品が発掘されたりしています。
で、この生立ヶ里がある小城市と新道寺がある北九州市の繋がりに同じ都市と友好都市協定を結んでいることが挙げられます。
その都市というのが
南九州1
鹿児島県南九州市です。
南九州市は2007年末に川辺町・知覧町・頴娃町の3町が合併してできた市です。
北九州市とはともに「九州」がつくということで2008年の7月に協定を結んだのですが、小城市とはもう少し深い繋がりがあります。
元々平成4年に小城町と知覧町が協定を結んでいたのですがこの2町が協定を結ぶきっかけになったのがホタル。
平成元年に小城町の町議会議員団が行政視察で知覧町を訪問した際に知覧特攻平和会館で宮川三郎さんという特攻隊の一員として戦死された方の話を聞いたことがきっかけで両町がホタルの飼育などで交流を深めていき、平成4年にこの2町で友好都市協定が結ばれてその流れで現在は小城市と南九州市の友好都市協定ということになっています。
南九州市の画像の水色で囲ってる辺りが旧知覧町になります。
北九州市でも新道寺の説明で井手浦川でホタルが見られると書いたとおりおおよそ60ヶ所の河川でホタルを見ることができるそうです。

この繋がりから、江崎さん南九州市(旧知覧町)出身説もごくわずかながらあるかも・・・なんて妄想しています。
もし、(江崎さんの出身地が明かされることは無いと思いますが)江崎さんが南九州市出身だったら使って欲しかったなぁ・・・という声優さんが1人。
やすな
キルミーベイベー・折部やすな役の赤崎千夏さん。
彼女の出身地が南九州市(しかも旧知覧町)なんです。
すでに江崎さんは巽悠衣子さんがやっておられるのでそのチャンスはないのですが、全国編で出て欲しい方だと思います。
永水だと地元でしょうし良いかもしれません。

ちなみに「江崎仁美」で検索をかけると佐賀県エバンジェリストとかいう活動をされている江崎ひとみさんという方が検索に引っかかるので、江崎仁美佐賀県出身説も考えたのですがそれは
偶然
ということで。


今回はここまで。
夜11時から記事を作り始めて今は夜中の3時・・・。
4時間かけた割には中身がゲフンゲフン。
毎回地名紹介の記事にはこのくらいかかってしまいます(中身が伴ってるかどうかは別のおはなし)。
とりあえずもう寝ましょう・・・。
次回もおそらくどこかの高校の地名紹介になると思います。
それでは。

(追記)
諸々あって本日も公開が遅れていた咲公式の新キャスト発表が日付が変わる前くらいにありました。
赤崎千夏さんが狩宿巴役で咲全国編にご出演されることが決まったそうです。
「永水女子の一員になってほしいなぁ」と思っていたので個人的に少し嬉しかったです。
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